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ノーベル賞を受賞した小柴さんの話

大竹まことのラジオより


大竹まことは最近、男の更年期障害?で体調が非常に悪いらしい。

そんななか、ノーベル賞受賞者のニュートリノを研究した小柴昌俊の生い立ちをNHKで聞いたらしい。

小柴さんは、3歳の時に本当のお母さんが亡くなって、父親が再婚して新しい母親が来た。

その上、11~12歳の時に小児まひになってしまう。

お父さんは職業軍人で満州に行ってしまい、祖父母に預けられる。

そこで小児まひになり、2階の部屋から自由に出られなくなる。

ごはんなんかも手が動かないから、手を使わず、口で直接、猫みたいに食べていた。

お風呂は、20歳くらいの女の人が何週間かに一回、下のお風呂まで連れて行って、体を全部洗ってくれる。

しかし、12歳のお年頃の男の子が体を全部20歳の女の人に洗ってもらうのは抵抗がある。

それで、どんなことをしても、おれは嫌だと思って、必死になって体を動かして、自分でバタバタとやっているうちに、学校まで通えるまでになった。

しかし、普通の人が1時間で通うところを、2時間かかって、でも小児まひが残っているので、一回道で倒れると自分で立ち上がれない。

その時は、誰かが通りかかるのを待っていて、それで起こしてもらって、また学校に行っていたらしい。

その後、全寮制に預けられるが、父親が日本に帰ってきて、家の働き手が自分しかいなくなり、お金がないため、自分が死ぬほど働き、学校にはほとんど行かなかった。

あるとき、寮の共同風呂に入ったら、先生と同級生が話していて「小柴は勉強してないから、物理なんか受けるのは無理だろう。あいつは試験のないインド哲学なんかに行くんじゃないですか。」と話してるのを、たまたま聞いてしまった。

それで「ちくしょ~!!」と思って、ものすごい勉強を始める。

普通は、そんな勉強で間に合うわけないのだが、親友にすごく勉強ができる人がいて、その人に教えてもらいながらやるのだが、そこで小柴さんが試験にでるところをヤマをかける。

そのヤマが見事にあたっていくらしい。

そのあとも恋愛問題でふられて、睡眠薬を30錠飲んで、自殺を図り、三日三晩生死をさまよって、生き残る。

・・・・・・と言った、激しい人生だったらしい。

この話を聞いて、大竹まことは、自分が体調が悪くて落ち込んでることなんて、たいしたことないなって思った・・・という話でした。


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